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    <title>佐藤 忠 IN MY LIFE</title>
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    <description>佐藤彦五郎新選組資料館、ビートルズ、旅行、絵画、新選組、佐藤彦五郎と土方歳三の姉のぶ直系子孫・福子の旦那、などについての日記。この難解な日記は、たぶん最低３回読まないと理解できないかと思われます。　　
褒めると伸びるタイプです。</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:date>2022-08-19T13:07:52+09:00</dc:date>
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    <title>「やまなみ」ではなく「さんなん」</title>
    <description>新選組展の図録から「三南」を見つける！
新選組展2022 福島会場でいただいた図録に、山南敬助について、三南と記してあるのを館長が見つけました。

福島県立博物館蔵・明治14年11月15日の記載。「新選組浪士始末」。
図録P166、222番資料写真　１行目「其頃之副長　三南三郎　仙台人　敬介と云う　...</description>
    <content:encoded><![CDATA[新選組展の図録から「三南」を見つける！<br />
新選組展2022 福島会場でいただいた図録に、山南敬助について、三南と記してあるのを館長が見つけました。<br />
<br />
福島県立博物館蔵・明治14年11月15日の記載。「新選組浪士始末」。<br />
図録P166、222番資料写真　１行目「其頃之副長　三南三郎　仙台人　敬介と云う　柔術に達者之由」とあり！<br />
<br />
日野では古くから、山南敬助のことを「やまなみ」とは言わず「さんなん」と呼んでいます。<br />
佐藤道場の門人・古谷祐之助さんが書き残した「剣術帳」にも、万延元年の稽古記録が記されており、試衛場（近年、当時の文献には試衛場とあり、試衛館とは誤りであるとの記述があります）から出稽古で近藤周助、近藤勇、山南敬助、沖田総司が来た際にも、稽古相手の名前がずらり書かれておりました。<br />
その中に、赤文字で小さく「江戸」、墨で「三南啓助」とあり、稽古相手に名前を聞いたところ「さんなんけいすけです」と答えたので、そのように書き残したのでしょう。これによって、「山南（さんなん）」が正しいことが分かります。「やまなみ」という呼び名は小説などから生まれたものだろうと思われます。<br />
歴史研究家の山村竜也さんが20年近く前に、仙台などで調査した結果、「やまなみ」という言い方は全くなく、「さんなん」が正解であるとの見解を示しています。2004年のNHK大河ドラマ「新選組！」で時代考証を担当された際、「さんなん」が正しいことは分かっていたが、それを三谷幸喜さんにいうと笑いに使いそうなので、差し控えたそうです。<br />
それ以外に新選組関連の書籍などでは「山南敬助」「山南敬介」と記されていますが、山南本人の署名の資料が残っていて、そこには「山南敬輔」とあります。<br />
古谷祐之助さんの「剣術帳」には、他にも、近藤周助を「江戸」「近藤宗助」と書いています。近藤勇はそのままでした。<br />
なお「やまなみ」が正しくて「さんなん」がニックネームだと勘違いされている方もいるようです。<br />
<br />
「剣術帳」には他にも、土方歳三や井上源三郎の名前もあります。<br />
小説、映画やドラマなどでは、「試衛館」の食客として、近藤勇、沖田総司、山南敬助、永倉新八、原田左之助、藤堂平助らと共に生活していたとされていますが、土方歳三と井上源三郎は日野に居ました。<br />
近藤勇でさえ、近くに自宅があり、試衛場（試衛館）に通っていたとあります。<br />
浪士隊募集の際、近藤勇一門の門下として土方歳三や井上源三郎も参加しているので、試衛場の食客として描かれてしまうのではないでしょうか。<br />
歴史研究家のあさくらゆうさんによると、当時、農民の立場で江戸の道場に入門することが出来なかったとのことで、試衛館の食客は不可能だということです。<br />
<br />
「剣術帳」に土方歳三の名前は日野宿に居たので沢山出てくるのですが、「土方年蔵」「土方歳蔵」と記載されています。<br />
<br />
映画やドラマ、特に大河ドラマ「新選組！」は人気があり、リアルタイムで見られなかった若い人までもDVDなどで見たという話を聞きます。<br />
大河ドラマを見た人の多くは、そこに描かれている人物、出来事が真実だと思ってしまうようです。例えば、山南切腹後、近藤と土方が肩を寄せ合って泣いたシーンが良くて、本当はそうだったんだ...とか、井上源三郎が試衛館でお茶出ししてたり（試衛館にも居ないし、お茶出しなんてするなんて、ありえない！）、彦五郎が情けないキャラクターで描かれていたり...（近藤勇への手紙で近藤を注意しているのに）それに彦五郎愛用の大きな刀（拵えも含め３kgもある刀）を使いこなしていたというのをみれば、どんな人物だったかが分かると思います。<br />
<br />
真実は手紙や記録など、文書に残されたものから得られるもので、映画やドラマなどは、大まかな歴史の流れから脚本を書いた作り話であり、古文書などがない伝承などもあやしいものが多いと考えられるそうです。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/48dfeddf.jpeg" title=""><img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/Img/1660875845/" alt="" /></a>]]></content:encoded>
    <dc:subject>新選組</dc:subject>
    <dc:date>2022-07-26T14:14:53+09:00</dc:date>
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    <title>BSフジ『この歴史、おいくら？』</title>
    <description>令和４年（2022年）６月14日（火）
BSフジの番組『この歴史、おいくら？〜誠を尽くし士道を貫いた新選組〜』
新選組に関わる、例えば、池田屋事件などで、いくらお金が動いたかを検証する番組だそう...

収録の打ち合わせが２度ありました。
佐藤家に残っている資料で何かありませんか？とのことで、館長が...</description>
    <content:encoded><![CDATA[令和４年（2022年）６月14日（火）<br />
BSフジの番組『この歴史、おいくら？〜誠を尽くし士道を貫いた新選組〜』<br />
新選組に関わる、例えば、池田屋事件などで、いくらお金が動いたかを検証する番組だそう...<br />
<br />
収録の打ち合わせが２度ありました。<br />
佐藤家に残っている資料で何かありませんか？とのことで、館長が土方歳三の美談と歳三が市村鉄之助に形見の品を持たせ、佐藤家に届けるよう命じた時、お金も持たせたことをクイズにしては？と。この企画が通りました。<br />
<br />
収録当日は、龍馬伝で近藤勇役を演じられた原田泰造さん、東京大学史料編纂所教授の本郷和人さんがお出でになり、佐々木恭子アナが進行されました。<br />
狭い館内は、館長も含めて４人が展示資料を説明しながら収録をしていきますが、カメラや照明、ディレクターやカンペを出すADが二人、その他にスタッフやマネージャー等々、カメラの反対側はいっぱいになりました。<br />
<br />
収録が終わって、原田泰造さんに、ネプチューンさんと同じワタナベエンターテインメント所属で、芸人の谷＋１さんが近所にいることを何気に伝えました。八坂神社の奉納額に名を連ねる天然理心流の門人の子孫だとも。<br />
<br />
フジテレビと言えば、まだ河田町にTV局があった頃、武蔵美の友人の紹介で、報道局に報道センターがあって、その中に報道タイトルの部門があって、フリップとかテロップ、スーパーなどは、当時は手描きで文字やイラストを描いていたのですが、そんなアルバイトをしていて、アナウンサーもスタジオに行く前に、よくニュース原稿の下読みをしていて、佐々木アナにそんな話をしたところ、佐々木アナは、フジテレビがお台場に移転した頃入社したらしく、僕はお台場移転前には既にやめていたので、世代も時代も場所も全く接点がないことが分かりました<br />
僕がいた頃は、フジテレビ全盛期で「視聴率三冠王！」の張り紙があちこちにあって、八木亜希子アナや佐藤里佳アナとか、あとは...他にもいたけど今思い出せない...アナたちが下読みしていたのを憶えています。<br />
<br />
フジテレビ局内で会ったというか見た人で、一番の思い出は、93年、通路でポールマッカートニーとバンドの人たちが歩いてきて、おお、本物だぁ〜！と感激しました☺️<br />
あとマドンナが「ライク・ア・ヴァージン」で超ブレイク寸前、夜のヒットスタジオに出演したけど、最初の印象が、意外にも顔がでかかったナ...！でした。！(◎_◎;)]]></content:encoded>
    <dc:subject>佐藤彦五郎新選組資料館</dc:subject>
    <dc:date>2022-07-17T13:07:52+09:00</dc:date>
    <dc:creator>chu</dc:creator>
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    <title>愛犬「鉄之助」逝く</title>
    <description>ここ数ヶ月、めっきり弱っていた愛犬「鉄之助」が天に召されました。
20年近く生きたのかな...

...</description>
    <content:encoded><![CDATA[ここ数ヶ月、めっきり弱っていた愛犬「鉄之助」が天に召されました。<br />
20年近く生きたのかな...<br />
<br />
<a target="_blank" href="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/f30f07ad.jpeg" title=""><img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/Img/1647414057/" alt="" /></a>]]></content:encoded>
    <dc:subject>その他</dc:subject>
    <dc:date>2022-03-16T16:01:54+09:00</dc:date>
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    <title>ミスター土方、ご来館</title>
    <description>2022年１月16日（日）開館日、
2019年のミスター土方さんが来館されました。
もう何度か来られていますが、今回は、新年のご挨拶ということです。
ご丁寧にありがとうございます！

コロナの影響で、2020年、2021年と２年連続で「ひの新選組まつり」が中止になってしまっていたので、かれこれ３年間...</description>
    <content:encoded><![CDATA[2022年１月16日（日）開館日、<br />
2019年のミスター土方さんが来館されました。<br />
もう何度か来られていますが、今回は、新年のご挨拶ということです。<br />
ご丁寧にありがとうございます！<br />
<br />
コロナの影響で、2020年、2021年と２年連続で「ひの新選組まつり」が中止になってしまっていたので、かれこれ３年間の長期「ミスター土方」ということです。<br />
<br />
2018年が双子妹の方がミスター土方に選ばれて、翌年は双子姉の方で、姉妹で連続ミスター土方に選ばれているんですから、、、これってすごい確率なのかな？<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/54ce1db0.jpeg" alt="" /><br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>土方歳三</dc:subject>
    <dc:date>2022-01-24T12:44:47+09:00</dc:date>
    <dc:creator>chu</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>chu</dc:rights>
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    <title>３月１日休館のお知らせ</title>
    <description>【本日休館のお知らせ】
既に告知しておりますが、本日の開館日は休館とさせていただきます。
皆様の安全と #新型コロナウイルス の拡散防止という判断で、開館を自粛致します。
来館を楽しみにしてくださっていた皆様、大変申し訳ございません。
次回15日の開館日については、今後の状況を見ながら、ツイッター等...</description>
    <content:encoded><![CDATA[【本日休館のお知らせ】<br />
既に告知しておりますが、本日の開館日は休館とさせていただきます。<br />
皆様の安全と #新型コロナウイルス の拡散防止という判断で、開館を自粛致します。<br />
来館を楽しみにしてくださっていた皆様、大変申し訳ございません。<br />
次回15日の開館日については、今後の状況を見ながら、ツイッター等で発表させていただきます。<br />
宜しくお願い致します。]]></content:encoded>
    <dc:subject>佐藤彦五郎新選組資料館</dc:subject>
    <dc:date>2020-03-01T09:11:27+09:00</dc:date>
    <dc:creator>chu</dc:creator>
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    <title>ポール マッカートニー in 両国国技館</title>
    <description>PAUL McCARTNEY「FRESHEN UP JAPAN TOUR 2018」ジャパンツアー『フレッシュン・アップ ジャパン・ツアー2018』

通算７回目の来日、今回は11月５日、両国国技館で行われたポール・マッカートニーの『フレッシュン・アップ ジャパン・ツアー2018』にコンサートに行っ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[PAUL McCARTNEY「FRESHEN UP JAPAN TOUR 2018」ジャパンツアー『フレッシュン・アップ ジャパン・ツアー2018』<br />
<br />
通算７回目の来日、今回は11月５日、両国国技館で行われたポール・マッカートニーの『フレッシュン・アップ ジャパン・ツアー2018』にコンサートに行ってきました！<br />
コンサートの日の午後、ポール・マッカートニー展のチケットを頂いていたので、まずは恵比寿で開催されていた来日記念『WE LOVE PAUL!展』へ。まあ、ここはポールの貴重な品があったりするのですが.....心は早くも両国へ向かっていました！ワクワク...<br />
早々にここを引き上げ、コンサート会場へ。<br />
16時ころ両国駅に...降りるとすぐに国技館がありますが、舗道はファンでいっぱい！大相撲風の色鮮やかなポールの幟旗がたくさん並んでいて、ポール場所と化していました。<br />
まだ開場していないので、舗道をうめつくていたファンと一緒にポールの来場を待つことに...<br />
キャ〜〜〜！という歓声！があがり...ポールが会場入りだ！と思いきや、予想していた門と離れた入り口にポールを乗せた車は入って行きました。<br />
<br />
<a target="_blank" href="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0854.JPG" title=""><img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/Img/1583623059/" alt="" /></a> <br />
<br />
この後が大変でした。国技館内に入るのに長蛇の列！...１時間以上かかってやっとチケット交換の入り口へ。引き換え券を出すと、ピッとバーコードを読み取りチケットを受け取りました。早い！<br />
<br />
<a target="_blank" href="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0861.JPG" title=""><img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/Img/1583623190/" alt="" /></a> <br />
<br />
席はアリーナのBの３列目中央やや左。Aが10列なので13列目ということか...ステージからも結構近い！ヤッタァー！<br />
両国国技館は狭い印象、ドームのような巨大モニター画面もありません。アリーナ自体、日本武道館よりかなり狭いです。<br />
武道館が１万人のキャパなら国技館は７千人。３年前の武道館は10万、８万、６万、４万円チケットだったけど、国技館はすべての席が４万円！....ポールのギグ以外のコンサートでこの狭いキャパは初めてらしい.....<br />
<br />
<a target="_blank" href="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0869.JPG" title=""><img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/Img/1583623239/" alt="" /></a> <br />
<br />
開演は前に行った武道館同様、予定より１時間遅れの19時半にスタート！....ってことは、ドームより演奏曲が５〜６曲少ないのかなぁ...？けど、ステージも近いしワクワク感が高まります！<br />
午後７時半過ぎに「ア・ハード・デイズ・ナイト」で幕が開くと、熱気と歓声が響き、ポールの歌声は近年になく、よく出ていて驚きです。ステージのバンドと客席が一体になり、盛り上がっていきます！２曲目が終わると「コンバンワー！コクギカン、アリガトー」と日本語で挨拶！<br />
その後も時々「ごっつぁんです！」とか「ドスコイ！ドスコイ！」とか相撲用語を交え、相撲の格好をしたり愛嬌を振りまいていました（笑）<br />
<br />
<a target="_blank" href="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0881.jpg" title=""><img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/Img/1583623371/" alt="" /></a> <br />
<br />
「みんな素晴らしい！」「周りの客席を見回してみるよ。みんな素敵だ！」と言い、狭いせいもあって、すべてのお客さんの顔が見渡せているようです。<br />
２３曲目の「レット・イット・ビー」は、客席がスマホの懐中電灯モードにして、美しい灯りの海を演出、感動的な情景でした。次の「007 死ぬのは奴らだ」では、レーザー光線が炸裂し、爆発音と炎もこんな狭い会場でもやってくれました！<br />
<br />
<a target="_blank" href="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/aac667db.jpeg" title=""><img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/Img/1583623277/" alt="" /></a> <br />
<br />
２５曲目の「ヘイ・ジュード」では、曲の終盤の「Na〜na~na na na na na〜na na na na〜 Hey jude」観客による合唱が始まりますが、この夜のポールの歌声はクリアで、客席全体に照明が点いた中での大合唱、スマホのライトで一体になった音楽は、観客の気分を高揚させてくれました。<br />
アンコール（６曲）では、今回会場で配られた赤、白、青のサイリウムによって、客席が光で埋め尽くされました。<br />
「ゴッツァンデス。マタ、アイマショウ！」とコンサートが終わると、バーンと紙テープと無数の紙吹雪が会場に降り注ぎました！時間は22時前、約２時間半のステージでした。<br />
『素晴らしいミュージシャンと観客の熱気との相乗効果で、魔法のような夜になった！』とは、ツアー・スタッフの言葉。<br />
帰り、お腹が空いたので、マックに寄ってから帰路につきました。<br />
<br />
<br />
2018年11月5日（月） 両国国技館公演 セットリスト<br />
1. ア・ハード・デイズ・ナイト(ザ・ビートルズ)<br />
2. ハイ・ハイ・ハイ（ウイングス）<br />
3. オール・マイ・ラヴィング (ザ・ビートルズ) <br />
4. ワインカラーの少女 (ウイングス) <br />
5. カム・オン・トゥ・ミー(ポール・マッカートニー) <br />
6. レット・ミー・ロール・イット (ウイングス) <br />
7. アイヴ・ガッタ・フィーリング (ザ・ビートルズ) <br />
8. マイ・ヴァレンタイン (ポール・マッカートニー) <br />
9. 1985年 (ウイングス)<br />
10. 夢の人 (ザ・ビートルズ) <br />
11. イン・スパイト・オブ・オール・ザ・デンジャー (ザ・クオリーメン) <br />
12. フロム・ミー・トゥ・ユー (ザ・ビートルズ) <br />
13. ラヴ・ミー・ドゥ (ザ・ビートルズ) <br />
14. ブラックバード (ザ・ビートルズ) <br />
15. クイーニー・アイ (ポール・マッカートニー) <br />
16. レディ・マドンナ (ザ・ビートルズ)<br />
17. ファー・ユー (ポール・マッカートニー)<br />
18. ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト（ザ・ビートルズ)<br />
19. サムシング (ザ・ビートルズ)<br />
20. オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ（ザ・ビートルズ）<br />
21. バンド・オン・ザ・ラン（ウイングス）<br />
22. バック・イン・ザ・U.S.S.R.（ザ・ビートルズ）<br />
23. レット・イット・ビー (ザ・ビートルズ）<br />
24. 007死ぬのは奴らだ（ウイングス）<br />
25. ヘイ・ジュード（ザ・ビートルズ)<br />
(アンコール)<br />
26. アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア（ザ・ビートルズ）<br />
27. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド (ザ・ビートルズ)<br />
28. ヘルター・スケルター (ザ・ビートルズ)<br />
29. ゴールデン・スランバー (ザ・ビートルズ)<br />
30. キャリー・ザット・ウェイト (ザ・ビートルズ)<br />
31. ジ・エンド (ザ・ビートルズ)<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>ビートルズ</dc:subject>
    <dc:date>2018-11-24T21:57:43+09:00</dc:date>
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    <title>消防団ポンプ操法審査会</title>
    <description>７月22日（日）に、日野市消防団ポンプ操法審査会（ポンプ車の部）が、市民の森ふれあいホール駐車場で行われました。

 

日野市の消防団は８分団あり、各分団のポンプ車配備されている部、全８チームが大会に出場しますが、第１分団は第１部がポンプ車をお持ちのため、夜間や休日も練習で大変です。
我が第１分団...</description>
    <content:encoded><![CDATA[７月22日（日）に、日野市消防団ポンプ操法審査会（ポンプ車の部）が、市民の森ふれあいホール駐車場で行われました。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0776.JPG" alt="" /> <br />
<br />
日野市の消防団は８分団あり、各分団のポンプ車配備されている部、全８チームが大会に出場しますが、第１分団は第１部がポンプ車をお持ちのため、夜間や休日も練習で大変です。<br />
我が第１分団第２部は、充水係担当のため、歩道にある消火栓から６本のホースを繋いで、会場にお届けする役目です。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0772.JPG" alt="" /> <br />
<br />
消火栓のある歩道を通る自転車や歩行者の皆様に、足元の注意を喚起し誘導するのも役割ですが、なにしろ当日は気温３７度くらいなので、熱中症対策もしなければなりません。<br />
こんなに暑いと、出場選手も汗だくで大変だなぁ...<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0777.JPG" alt="" /> <br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0771.JPG" alt="" /> <br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0774.JPG" alt="" /> <br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/IMG_0773.JPG" alt="" /> <br />
<br />
大会は９時から１２時５０分までですが、ポンプ操法終了後は即ホース６本を積んで詰所に戻り、即ホースを干して、即お昼を食べました。<br />
この片ずけの速さが、消防団で日頃培った鍛錬の成果ですかね。<br />
<br />
干した６本のホースも３日後には、ホース巻き器でぐるぐるやって即収納です。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/e7e7727f.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>その他</dc:subject>
    <dc:date>2018-07-26T17:21:01+09:00</dc:date>
    <dc:creator>chu</dc:creator>
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    <title>「ミスター土方」ご来館</title>
    <description>７月１日（日）開館日、
2018年、ひの新選組まつりのミスター土方さんが来館されました。
受付で、あれ？土方歳三？？と思い、訊いたら、やはり土方歳三ご本人でした。

ミスター土方の時は、隊服のせいもあってか雄々しくて背も高い印象でしたが、ご本人は女性らしい綺麗な方で、背も思ったほど高くなくて、１６１...</description>
    <content:encoded><![CDATA[７月１日（日）開館日、<br />
2018年、ひの新選組まつりのミスター土方さんが来館されました。<br />
受付で、あれ？土方歳三？？と思い、訊いたら、やはり土方歳三ご本人でした。<br />
<br />
ミスター土方の時は、隊服のせいもあってか雄々しくて背も高い印象でしたが、ご本人は女性らしい綺麗な方で、背も思ったほど高くなくて、１６１センチだそう、、、<br />
ブーツは２６センチもあったので、中敷を入れたりして少し高くなったそうですが、歴代のミスター土方では一番背が低かったとのことです。<br />
コンテストでは最後の４人に絞られてからも、まさかミスター土方に選ばれるなんて思ってなかったようで、決まった時はびっくりだったそうです。<br />
<br />
まつり当日、パレードは例年は２周なのに、雨のため１周だけで中止になってしまったことが本当に残念だったと言ってましたが、資料館の前をパレードしてくれるので楽しみだっただけに、こちらも残念でした。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/95e9abee.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
今日は、コンテストの隊士役の皆さんと沖田総司忌に参加してから、別行動で日野まで来られたそうです。<br />
ありがとうございます！<br />
<br />
昨年のひの新選組まつりでは、沖田総司役を射止めて、その後、隊士役の皆さんと当資料館にもご挨拶に来られましたが、その時もギャップがあったことを話すと、沖田総司役の場合、メイクさんが可愛いイメージで仕上げることになっているらしいです。<br />
「沖田総司」と「ミスター土方」両方選ばれるなんて、すごいですね！<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/4cbe4246.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
遠くて大変かと思いますが、機会があったら、隊士役の皆さんともまたご来館ください。<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>新選組</dc:subject>
    <dc:date>2018-07-05T10:47:19+09:00</dc:date>
    <dc:creator>chu</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>chu</dc:rights>
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    <title>土方歳三の命日（1869年６月20日）</title>
    <description>明治２年５月１１日は、新暦１８６９年６月２０日。土方歳三の命日です。

 

新暦に替わったのが、明治６年元日からとなりますが、
旧暦の明治２年５月１１日、1869年６月２０日が土方歳三の命日にあたります。
歳三の最期の時、また市村鉄之助が脱出したのもそんな季節だったので、
函館に居ると、より肌で感...</description>
    <content:encoded><![CDATA[明治２年５月１１日は、新暦１８６９年６月２０日。土方歳三の命日です。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/e2086a7b.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
新暦に替わったのが、明治６年元日からとなりますが、<br />
旧暦の明治２年５月１１日、1869年６月２０日が土方歳三の命日にあたります。<br />
歳三の最期の時、また市村鉄之助が脱出したのもそんな季節だったので、<br />
函館に居ると、より肌で感じられることと思います。<br />
初夏の函館は、とてもいい季節です。<br />
<br />
歳三の命を受け、市村鉄之助は箱館五稜郭を脱出、船の中で出航を待つこととなります。出航したのが６月２０日過ぎになります。<br />
中島登の記録には、市村鉄之助、行方不明とあります。<br />
<br />
数日かけての航行で、６月末に横浜に着いたと思われます。<br />
到着後、間もなく質屋に立ち寄ったという記録があります。<br />
当時、目的地に行くのも簡単ではない筈です。身を潜めながら佐藤家までやってくるとなれば、数日は要すると思います。<br />
<br />
佐藤家に着いたのが、新暦の７月３日との説があります。<br />
この時期は梅雨の真っただ中。<br />
鉄之助は、歳三の命を受けて持ち運んだ遺品・・・写真、遺髪、刀、書き付け・・・<br />
「使の者の身の上 頼み上げ候　義豊」<br />
いつもの署名、土方歳三ではありません・・・<br />
そして戦況を伝える手紙は書いていませんでした。<br />
<br />
<br />
賊軍となってから、筆まめだった歳三が、そこから手紙を一切出さなくなりました。<br />
父母のように慕った彦五郎やノブに、いらぬ嫌疑がかかってはならないと、証拠に残る手紙を書けなかった。何をやらせても、そつなく出来た歳三は彦五郎、ノブへの配慮も忘れませんでした。<br />
北へ向かう会津、仙台、箱館。もっと手紙を出したかったことでしょう。そんな歳三の気持を考えると可哀想だったなと思います。<br />
歳三の一番大切な身内への心遣いは、市村鉄之助に伝言としてもたらされました。<br />
<br />
「われ、日野佐藤兄に対し、何ひとつ、恥ずるべきことなきゆえ、どうかご安心を」<br />
<br />
<br />
旧暦と新暦、その年によって、多少の誤差が生じます。<br />
例えば、歳三が生れたとされる天保６年５月５日は、１８３５年５月３１日となります。<br />
<br />
歳三の命日は、東京（当時、多摩辺りは神奈川県）では梅雨の時期だったなんて考えてみて、当時へ思いを馳せるとより実感できるかもしれません。<br />
<br />
旧暦と新暦を調べて、あの時は現在ではこんな季節だったのだな～なんて考えてみると、おもしろいものです。<br />
<br />
当家は、歳三のすぐ上の姉ノブの直系の子孫にあたりますが<br />
弟思いだったノブでしたので、市村鉄之助から歳三の戦死を知らされた時のことを思うと、なんと忍びないことか。<br />
歳三のご冥福をお祈りいたします。<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>土方歳三</dc:subject>
    <dc:date>2018-06-20T20:19:53+09:00</dc:date>
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    <title>羽生家ツアー（後篇）</title>
    <description>福子倶楽部会員の羽生（はぶ）家ツアー、いよいよメインの屋敷見学です。

バスに乗り遅れた分際なのに、傘をさして歩くこともなく羽生家に先に着いてしまってゴメンなさい。
羽生家に着くと三階建の大きな蔵と大きな門が見えます。その大門の前にバス停から歩いてきた皆様も揃いました。（この門が本当にでかい！）

...</description>
    <content:encoded><![CDATA[福子倶楽部会員の羽生（はぶ）家ツアー、いよいよメインの屋敷見学です。<br />
<br />
バスに乗り遅れた分際なのに、傘をさして歩くこともなく羽生家に先に着いてしまってゴメンなさい。<br />
羽生家に着くと三階建の大きな蔵と大きな門が見えます。その大門の前にバス停から歩いてきた皆様も揃いました。（この門が本当にでかい！）<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/6ac61114.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
羽生謙五さんも出て来られたので、福子が先ずお墓参りをしたい旨を告げると、了解されお墓へ案内してくれました。<br />
<br />
清源寺の横をすぎ、奥の奥に羽生家のお墓がたくさん並んでいました。<br />
羽生さんが説明を始めると福子がお酒を手前にあった羽生家のお墓に供えましたが、そこが上羽生家とは限らないので、まだ早いんじゃない？というと案の定、他の羽生さんでした。<br />
<br />
並んだお墓の正面中央が、羽生家初代伊賀守夫妻と二代目大膳夫妻（両家共通）の墓標で、右が上羽生家、左が中羽生家のお墓だそうです。夫婦一代ごとに歴代お墓を建てているようです。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/ef6f94da.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/03afee10.jpeg" alt="" /> <br />
彦五郎らを匿ったときの当主、１４代羽生傳蔵さんのお墓のご説明。<br />
<br />
お墓を後にして、油屋地蔵尊での絵馬？ご説明がありました。<br />
天然記念物の「ヒメザゼンソウ」探しでは（これは本当に探すのが困難）諦めかけたとき、Ｋさんが見つけ次から次に見つかりました。さすがＫさんです！<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/4c8e963e.jpeg" alt="" /> <br />
中羽生家も長屋門の中へ入って説明を受けました。<br />
<br />
そんなこんなで、ついに上羽生家の中へご案内されます。<br />
正面の大門は普段使用しておらず、通用門から入りました。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/5f2b09dc.jpeg" alt="" /> <br />
屋敷の東側にある通用門<br />
<br />
蔵が６戸前もありますが、明治１５年、大久野村一体が大火事になった時、残ったのが蔵だったことから「大事なものは蔵へ」という習わしになったそうです。<br />
<br />
米蔵と味噌蔵を開けていただきご説明がありました。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/163c8167.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
奥へ奥へと裏庭の方へ行きましたが、とにかく敷地が広いのです。東京ドーム半個分はありそうです。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/9ee65ea4.jpeg" alt="" /> <br />
こいのぼりを立てるときの穴があるそうです<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/602a2ea5.jpeg" alt="" /> <br />
ガス灯の名残<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/b022f181.jpeg" alt="" /> <br />
三階建の蔵<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/397455f9.jpeg" alt="" /> <br />
主屋の西側には書院があります<br />
<br />
大門のところでは、せっかくだから開けましょうということで、年一回開けるかどうかの門を開けていただきました。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/23e3e73b.jpeg" alt="" /> <br />
大門の内側です<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/27ea1a56.jpeg" alt="" /> <br />
とにかく人間と比べても、やたら大きいことが分かります<br />
<br />
小雨がぱらついていましたが、門から見る屋敷一帯を見ながら、雨の風景も色が際立っていいものですね...と羽生さんが言われました。<br />
ああ、今日は雨で良かったんだぁ、、、という気持ちに即なりました。<br />
しっとりとした雨の情景に感謝！です！！<br />
ただ、また見学させてもらえるとすれば、晴れでお願いします。<br />
<br />
<img src="//tadashinsengumi.blog.shinobi.jp/File/cda3210d.jpeg" alt="" /> <br />
<br />
主屋の正面玄関から座敷に入れていただきましたが、中を見せて頂けるとのことでしたが、上げて頂けるとは思ってなくて驚きと感激でした！<br />
書がいくつかあって、これが何々の書です...と説明はあったものの、分かったのは、三条実美の書だけでした。<br />
襖も豪華で説明を受けましたが、金屏風、金に漢詩書の襖、金に墨絵の襖、春夏秋冬が描かれた襖、どれもこれも素晴らしいものでした。<br />
<br />
さてさて、今回、羽生家が所蔵している「近藤勇の書簡」を見せて貰えるのではないかという話もありましたが、、、<br />
じゃーん！羽生さんが近藤勇の書簡を手に持たれているじゃないですか！<br />
和紙の包みから取り出された近藤勇手簡は、当時のままの状態で保存されていました。<br />
<br />
これを広げてくださいと羽生さんからのお言葉があり、皆さんが「それなら福子さんしかいない」ということで、広げることに。<br />
この手紙のやり取りは、１５０年経った名主同士の子孫ですが、幕末にタイムスリップしたかのようでした。<br />
<br />
手紙を広げたとたん、いろんな手が出てきて、シャッターを切り始めました。<br />
近藤勇の手紙を、ガラス越しではなく直に、許可も得ずに撮るなんて、なんと贅沢なことでしょう？こんなこと有り得ないと心で叫び、僕もシャッターを切っていました（笑）<br />
<br />
<img src="http://file.fukukodayori.blog.shinobi.jp/9b18467c.jpeg" alt="" /> <br />
近藤勇の手紙と書き添え。下の書は当時、羽生家の方が書いて残したものと思われます。<br />
「関東之魁傑近藤勇手簡」と書き添えてあります。<br />
<br />
当家の伝承では、勝沼戦争で惨敗し、日野に戻ってすぐ新選組関係の文書類を手分けして持って逃げたとありますので、混乱した中、彦五郎が羽生家に置いていったものとされておりますが、多くの説が『羽生家に潜伏していた時期があったことから、近藤勇の書簡を預かっていた彦五郎が、置いていったものと推定される』とあります。<br />
なぜ近藤勇の手紙を羽生さんに預けたと思われますか？の問いに羽生さんは、<br />
羽生家も同じく、徳川に準ずる幕府側でしたので、「（羽生家が）口が固かったからと考えられます」ということでした。<br />
明治１５年、大久野村大火災の時も守られてきた近藤の手紙です。<br />
新選組の文書は、幕府側の羽生家にとって、また佐藤家にとっても処分などできない、大切なものだったのですね。<br />
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この手紙の宛名は、「三浦休太郎様　近藤勇　机下」とあります。<br />
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三浦休太郎とは、坂本龍馬を暗殺した中のひとりとして考えられました。その仇をとるのでは？と三浦は命の危険を感じ、会津藩を通じて新選組に警護を依頼します。<br />
これじゃあ、何のことやら分からないと思いますが、「いろは丸事件」「天満屋事件」をキーワードに探してみて下さい。<br />
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手紙の主旨は、伊東甲子太郎が新選組と分裂したあと、斎藤一を間者として伊東の御陵衛士に潜入させました。近藤勇、土方歳三の暗殺の情報を得ると御陵衛士を脱走し新選組に伝え、名前も山口二郎と変えました。二郎は三浦休太郎の警護として潜伏しましたが、近藤勇も伊東甲子太郎一派の暗殺を目論み、事情も知り、腕の立つ二郎を断りもなく引き取ったことへのお詫びの手紙です。<br />
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羽生謙五さんと近藤勇の手紙<br />
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羽生家訪問は、念願でもありましたが、羽生謙五さんのご好意で、夢のような時間を過ごさせていただくことが出来ました。このような機会を持たせて頂き感謝申し上げます。<br />
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※帰り道だったので駅を降りて、彦五郎一行が羽生家に案内される前に立ち寄った、二宮神社と井上才一の天然理心流の碑を希望者４名と見学して帰りました。<br />
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    <dc:subject>新選組</dc:subject>
    <dc:date>2018-06-19T16:54:07+09:00</dc:date>
    <dc:creator>chu</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
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