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佐藤彦五郎新選組資料館、ビートルズ、旅行、絵画、新選組、佐藤彦五郎と土方歳三の姉のぶ直系子孫・福子の旦那、などについての日記。この難解な日記は、たぶん最低3回読まないと理解できないかと思われます。   褒めると伸びるタイプです。

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先日、10月26日(日)は、お見舞いで、ひとり故郷の栃木へ行ってきました。

栃木県の南に小山市というと所があります。
『城山公園』があり、その脇には『思い川』という、好きな人を思ったという、切ない恋の川が流れているのです。
8月には、花火大会があって、賑わってるんですが、
遡って140年前、慶応4年4月には、旧幕府軍が新政府軍と遭遇して戦争となった場所で、鉄砲でドンパチ、あったらしいです。
その周辺には、いくつかの傷跡も残っていました。
近藤勇と別れた後、新選組土方歳三は隊を率いて宇都宮城に向かいましたが、大鳥圭介軍は、中軍となって、小山宿にやってきました。
そこで『小山宿の戦い』が勃発したんです。
大鳥軍が勝利したらしいです。
常光寺には阿弥陀像台座の弾痕がありましが、大鳥軍が発砲した弾丸が阿弥陀像の台座に当たって出来たものとのことです。
常光寺近くにある小山宿脇本陣は、大鳥軍がここに拠点を置いていたようです。

他にも光照寺には、新政府軍と共に戦った笠間藩兵士の墓もあります。
ここは、ちょっと分かりにくい場所でもありました。

昼食などでお店に入ると、訛っている話声が聞こえてきましたが、
そんなとき、ああ、僕はすっかり都会人になってしまった…という想いにかられます。

しかし、家で僕が話をすると、福子はよく、訛っていて分からない…
と言うので、すっかり都会人にはなっていないようでした。トホホ、、、


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雑誌に『各界50人に訊く 21世紀版、ビートルズのベストはどれだ!』
というのがあって、ミュージシャンや、評論家たちの
アルバム・ベスト5、ソング・ベスト5が載っていたのですが、
自分ならこうなんだけどな…と思ったので、
こんな場所を借りて、ちょいとやらさせていただきました、、、申し訳ない。

ビートルズ・ファンの皆様、お待たせいたしました!(誰か待ってたのか?)
ジャジャ〜ん!!
ALBUM
1.『ラバー・ソウル』1965.12 楽曲がいいのが揃ってる。音も凝っている。飽きない。
2.『ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!』64.7 サントラ、映画が良い。A面は粒ぞろい。
3.『アビイ・ロード』69.10 まとまっている。壮大なロックオペラ。
4.『ザ・ビートルズ』(ホワイト・アルバム)68.11 4人の個性が顕われた多方向性な楽曲が魅力
5.『リボルバー』66.8 変革期、実験的で凝ったサウンド。

SONGS(ベスト10にしました)
1.『ヘルプ』 
2.『ストロベリー・フィールズ・フォエバー』'67アルバム“sgt. pepper〜”に入れるべきだった
3.『ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア』
4.『愛こそはすべて』
5.『アイム・ダウン』
6.『ドライブ・マイ・カー』
7.『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』
8.『すてきなダンス』
9.『恋におちたら』
10.『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』

以上のようなランキングに決定いたしました。
松下さん、ど〜でしょうか?

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12日、彦五郎忌を執り行いましたが、多くの皆様にご参加いただきました。
厚く御礼申し上げます。誠に有難うございました。

井上源三郎140回忌の折、土方陽子さん、新選組研究家の清水隆さんから、彦五郎忌のお話も出たのですが、当日、土方愛さん、清水隆さんがご参列頂いたこと、感謝、感謝です。
また、新人物往来社の大出俊幸さんも来られたことは、嬉しいサプライズでした。
僕が、6月に行われた総司忌の際、ファンの皆さんに今回の『彦五郎忌』の案内をさせていただきましたが、それを憶えていてくださり、ご参列くださいました。
本当に有り難うございました。

さて、11時から本堂内で読経が始まりましたが、三つ葉葵の御紋があちこちに目に付きました。
そーいえば、この大昌寺は、徳川家菩提寺の芝増上寺から分かれた寺で…っていう話しをご住職もされてましたが、彦五郎にとって、意義深い菩提寺かと思います。

その後、墓参ということで、皆様には、彦五郎とのぶの墓前で手を合わせていただきました。誠に有り難うございました。
彦五郎も、皆様の熱い気持ちに答えたのでしょうか、、、お線香も燃え盛っておりました。

午後1時半からは第2部として、生活保健センターの講義室で、沖田家ご子孫、沖田周司さんと佐藤福子による講演会となりました。

「離れというのではなく、蔵だった」とか
「夜、ひっそりと大八車で運んだ」等、
周司さんが話された沖田家の伝承は、なるほどなワールド…という思いでした。
上に書いた2行だけでは、何の事やら???ですか?
、、、、多分、理解できると思うので、次ぎに行かさせていただきます。

あとは…そうそう、当時はそれほど家もなかったのでしょうけど、佐藤家で稽古をしていた総司の声が、多摩川まで聞こえたという話しです。
沖田家の皆さんは、代々、声が大きいので…といってましたが、
ちなみに佐藤家の皆さんは、代々、声が通るそうで、馬場たばこ店の店先で話している、福子の話し声や高笑いが、我が家にまで聞こえてきます。

最後に、お寺本堂で椅子の準備、後片付けをしていただいた皆様、S福さん、感謝いたします。
また、受付等のお手伝いをしていただいた、黄色いマフラーが似合わぬX本、M藤、よしぎゅうの皆様、有難うございました。

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9月27日(土)、井上源三郎140回忌の法要に、◯の福子の代理で出席しました。

井上源三郎碑の前での、演武、歌等のイベントがあったので、いいお天気で、本当によかったなと思いました。
既に、ご子孫の宮川豊治さんや土方陽子さん、松本一男さん、また京都から田野さんの姿も見え、挨拶をさせていただき、受付の方に行くと、谷さんや鈴木さん、流山隊の皆さんもいらっしゃいました。
受付にM田がいて、受付を済ませましたけど、今日いちにちの心残りがあるとすれば、松本一男さんの市役所話を詳しく聞きたかったことと、芳名帳に書いた字が、下手だったことです。

さて、小川三郎さんの司会で幕を開け、雅雄さんを始め、馬場弘融市長、小川友一衆議員、古賀俊昭都議員の挨拶。
また余興があったり・・・

演歌歌手の方が、3曲、披露しましたが、『砂の舟』と『義』の2曲は、
なんと作詞が井上雅雄さんなのです。

雅雄さんは、「佐藤家から発見された泰助の写真を見て、そこから、源三郎と女性のイメージが浮かび、その女性から見た源三郎への詞ができた」とおっしゃってました。
曲は藤田勉さんで、「2ヶ月前に詞をいただいてから、不思議と曲がスラスラでてきた」という話でした。

小川さんの司会で始まった歌謡ステージ、1曲歌う度に入れるナレーションは、まるで玉置宏のようでもありました。
玉置宏って、「一週間のご無沙汰でした〜」とか言ってた人なんだけど、知ってるかな〜?・・・知らない人は別にいいです。
いい唄を聴かせていただきました。

ミニ歌謡ショーが終わると、荒川さんとこの会の演武があり、太い木刀や、真剣でのショー、いくつかありましたけど、前後が狭い中、3人が型に合わせて、前に踏み出して、“ビュンビュン!ビュンビュン!”と市長の目前で演るのは、ある意味スゴい!です。
まあ真剣ではないんだろうけど・・・

宮川清蔵さんは、演武をする前に僕の所に来られて、耳元で
「これからやる演武は、彦五郎さんが書き残した文書から、当時の天然理心流の型を再現するもので、江戸時代の天然理心流を初めて公開することとなります。彦五郎さんが書き残しておいてくれたお陰です」
と、おっしゃってました。
清蔵さんが井上雅雄さんと演じた武術でしたが、これが当時の天然理心流と思うと、素晴らしいものでした。

どうもイベントが長引いたらしく、議員さんやらに挨拶していたら、井上さんのお嬢さんに、急いで本堂の中に入るよう促されました。
その後は、本堂で読経、お焼香があり、
時間が押しているということで、すぐバスに乗って、木曽路での会食会に向かいました。

会食会では、宮川豊治さんが献杯のご指名を受けましたが、源三郎さんについての面白い話を聞くことができました。
豊治さんはお話好きなのですが、それで『献杯』にはなかなか行き着かないのですけどね(笑)
豊治さんもお元気そうで、よかったなと思いました。

宴もたけなわのころ、歴史研究家の数名の方が、ご指名で挨拶程度のお話をされましたが、菊地明さんは、こういうことがあるなら、ビールを控えたのだけど、飲んでしまったので、困りました・・・なんて、おっしゃってましたが、ホントにすぐ終わってました(笑)

その後、トイレに立ったら、あとから来られた山村竜也さんと遭遇しました。
いやぁ〜、こんな処で、立ち話も何なんですけど、、、、
山村さんを最近テレビで見た…という話になり
なかなか話が終わらず、妙な処で、妙な密談になってしまいました。

3時間の宴も、お開きとなり、帰りは日野駅でみなさんとお別れした後、小島政孝さん、清水隆さん、谷さんと4人で珈琲店で2時間近く話してました・・・谷さんリードでの話の内容は、公表できないようなことばかりで(笑)・・・テープに録ってたら、すごい本ができそうです。

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この間、家族で横浜に行って、たそがれて来ました。
たそがれつつ『五姓田のすべて』を見ました。
神奈川県立歴史博物館の横に、運良くパーキングメーターがあったので
車を止めて会内入り。

五姓田芳柳とその弟子たちの絵がたくさんありましたが、、、
中でも興味をそそられたのが、山本芳翠の作品。
どうしても、日本っぽくなってしまう当時の油彩画、
しかし、そんな中にあって、この方、かなり西洋風なのですよ。
というもの、パリに留学していたらしく、裸婦像があったり、モリゾっぽい画風もあるのですが、人物画のモデルもマドマゼル。

山本芳翠の和風な絵に『婦女横笛図』というのもありました。
明治時代の和服を着た男女と思われる2人が、森の中でひとつの笛を吹いているのです。
その姿が変なのです。密着型みたいな。ハハハ
英題が、『a woman with flute』・・・つまり横笛は、フルートなのです。
歳三も欧米人だったなら、フルートを趣味としていた!
・・・ってことになります。ニクイよコノぉ〜(←死語?)

また野原の道で水瓶を頭に乗せた女性が2人の絵があって、これはどう見ても、インドで描いたのではないのか?と思うのだけど・・・行ったんかい?
・・・と思わずにはいられないような絵なのです。

まあ、僕は2度ほど、インドには行きましたけどね。


(神奈川県立歴史博物館の素敵な外観)

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