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佐藤彦五郎新選組資料館、ビートルズ、旅行、絵画、新選組、佐藤彦五郎と土方歳三の姉のぶ直系子孫・福子の旦那、などについての日記。この難解な日記は、たぶん最低3回読まないと理解できないかと思われます。   褒めると伸びるタイプです。

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8月26日付、読売新聞の多摩版に小島政孝著「幕末群像伝・土方歳三」の出版が、紹介されました。

小島さんからその著書が8月中旬に送られてきておりました。
「小島日記」「橋本家日記」「両雄史傳」「両雄逸事」等、記録の中からの歳三のエピソードが綴られています。

市村鉄之助の佐藤家来訪のこと、歳三辞世の句の疑問も解決される内容となっています。
「多摩の豪農・小島家を巡る人々〜」のシリーズでは、土方歳三、近藤勇、佐藤彦五郎ら33人を取り上げる予定で来年には出版するとの事でした。



当資料館でも販売しています。
四六版・表紙から裏表紙まで含め64ページ・800円(税込)
※全国発送も可(送料等含め計1,000円をゆうちょ銀行またはみずほ銀行にお振込みください)

◾️購入希望の場合、下記までお問合せください。
メール:hiko56-shinsen★jcom.zaq.ne.jp(★を@に)
TEL: 042-581-0370 佐藤彦五郎新選組資料館

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8月20日(日)
は開館日でしたが、前もって来館のご連絡いただいていた方々が、ほぼ同時刻となり
「右往左往」または「ヒョエ〜!」しておりました。
歴史研究家の伊東成郎さん、近藤勇から彦五郎を通じて刀等を送っていた新選組お
抱えの刀匠のご子孫、ひのパレの斎藤一・隊長ASさんから各隊士の隊長を務めた皆
さん、また史跡巡りの団体の方々、の皆様が来館されました。

新選組及び幕末歴史研究家の伊東成郎先生が打合せにお見えになられ、新選組史
跡行程の草案をいただきましたが、かなり充実したコースで驚きました。
さすが伊東成郎さんです!
早々に帰られた後、館長は説明途中だったのですが、俳句のことについて見せたいも
のがあったというので、あわてて自転車こいで追いかけて、大昌寺付近で追いつきま
したemoji
というのも、2週間ほど前、伊東成郎さんから国会図書館で発見したという 1952年
〜1954 年 に発行の俳句雑誌に、祖父の佐藤仁(俳号は春車)が詠んだ俳句や「明
治零年ご我が家 〜土方歳三の俳句〜」と題し、執筆したもののコピーをお送りいた
だいたので、明治30年代に撮った俳人の集合写真を見せたかったようです。
この集合写真には、祖父とともに、高浜虚子、内藤鳴雪、荻原井泉水、飯田蛇笏など
の著名な俳人たちも写っているものでした。

さて、ひのパレ隊士の皆様ですが、ひの新選組まつり初日の隊士コンテストで、隊
長役に選ばれたカッコいい素敵な皆様です!
まつり当日は、資料館前、用水路のある道(彦五郎通りという名称だそうです)でパ
レードを見ることができて良かったのだけど、女性の方はまげを結ってないせいか、
イメージが違ってビックリでした!ヽ(*'0'*)ツ
特に沖田さん!違いすぎますぜemoji


(ひのパレ隊長の皆さんと)

午後、歴史タレントの小栗さくらさんが来館されました。
デュオさくらゆきで歌う以外にも、大河ドラマのイベントでトークショーの司会とか
やってます。

館長といろいろお話していましたが、ふたりの話のスピードが速くて、僕の3倍くらい
速かったのです!ビックリ!emoji
まあ、僕が遅いってのもあるんだろうとは思いますけど(-_-;)
で、しゃべってみたら、スピードを落としてくれました\(^-^ )
やさしい人だ(ノ_-。)クスン…

ただ帰られた後、伊東成郎さんと同様に忘れたことがあってヽ(*'0'*)ツ追いかけて、
角を曲がったところで追いつき、また戻っていただいてサイン書いてもらいました。
すみません、さくらさんm(_ _ )m


(歴史タレント・小栗さくらさん、相変わらずキュートですなぁ、、、
 僕の土方歳三のTシャツが素敵です(笑))

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横浜の「神奈川県庁」と向かいの「横浜開港資料館」に行ったって話ですけど、
前回もタイトルが「横浜県庁」となっているのは単なるミスですΣ(゚д゚;)
ただ、神奈川県を横浜県と間違えたのではなくて、横浜で県庁に行ったという
ことで、そうなってしまったのです。emoji

さて横浜開港資料館では『横浜・地図にない場所』という企画展で、僕の誕生
日が最終日という、フィナーレを飾るにふさわしいステキな企画展です\(^o^)/

ふむ、、、7月17日かぁ


入口からしておしゃれな雰囲気のある洋館ですねぇ、、、

入館料200円を払って館内へ。

(チケットとパンフ)

ただ、館内展示品は撮影禁止なので、どんな企画展なのかは、僕の説明の力量
にかかってきますが、たぶん僕の力では理解するのは困難かと思います。
1階と2階に常設展、2階に企画展があったような、、、何しろ、見学してか
ら随分日にちも経っているので(ノ_-。)
横浜の変遷を、古い地図や写真などで当時を振り返ってみましょうって感じでし
た。

横浜村、平沼塩田、魚市場、横浜監獄、海水浴場などがあったそうです。
開港して外国人が住み始めたこと、関東大震災や太平洋戦争などで復興するた
び、消えていったようです。

1階に幕末当時の横浜港のパネル写真がありましたが、これは土方歳三らが、
鳥羽伏見戦のあとに船で、また明治2年に市村鉄之助が箱館から横浜港に降り
立った頃、こういう風景を見たのかな?と感慨深い写真でした。


(幕末時の横浜港:図録の写真のコピーです)

館外に出て、内庭に大きな樹がありましたが、これはあの有名なペリー上陸
の絵の右にある樹だそうです。


アフラックのCMでは、ペリー来航の時には加藤もいた!絵



反対側の門から出たら、「日米和親条約締結の地」の碑が建っていました。


司馬遼太郎展から3回にも渡った横浜物語、この辺で終わらせていただきます。
お後がよろしいようで、、、ペコペン

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いまごろになってなんですが、司馬遼太郎展の続きを書かせていただきます。
昼食後、「神奈川県庁」と「横浜開港資料館」を見にいきました。

ここに行こうと思ったのは、古い西洋建築を見たいというのと、「横浜の地図にない場所」とかいう企画展を見るという理由からです。
これらの建物は、地下鉄の「日本大通り駅」で降りるとすぐあります。
最初、日大通り駅と読み間違えて、日本大学があるのかと思ったら、幕末に出来た日本初の西洋式街路の名前だそうで、、、明治8年に「日本大通」と名付けられたそうです。ウキペディアに書いてありましたσ(^_^;)

さらに、『計画段階での仮称は「県庁前駅」であった神奈川県からは「県庁」の名を残すよう要望され、さらに横浜市港湾局から「大さん橋」も名称に加えて欲しいという要望が出されたため『県庁・大さん橋』の副名称が付いた。』とこれもウキペディアです(˘◡˘)
普通、「県庁前駅」となりそうですが、歴史的な観点からしたら「日本大通り駅」でよかった気がします。

さて、横浜の県庁ですが、いい感じに古いです。
1階のロビーと屋上は一般見学できるようです。


ロビーはこんな感じです。


階段の両側にあるランプ


小さくて古いエレベーターで屋上へ。
屋上から港も見えますよ。


白いビルの向こうに赤レンガ倉庫が見えます。


横浜税関


横浜の古い建築の写真展示室もありました。

この後、横浜開港資料館へ・・・

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講談社 ARIA編集部様から殿ケ谷美由記 著「だんだらごはん1」をお送り頂きましたが、続いて2巻が送られてきました。
誠にありがとうございました!

殿ケ谷さんのこのマンガ、「新選組」と「食」テーマにした幕末グルメ本で、昨今話題になってるみたいです。

食といえば、僕のいなかでは、お店でも家庭でも焼きそばにジャガイモを入れますけど、東京の人は入れないんですよヽ(*'0'*)ツ
同郷の山口智子は入れてるみたいで、ドラマでそんなシーンがありました。
で、焼きそばは、よく僕が作っていたので、子供たちは違和感なく食べていたと思うんですけど、、、っていうか、入っている方が好きなんだろうと思うけど、奥さんは抵抗があるみたいです(-_-;)

小学校の近くの駄菓子屋には、駄菓子以外にパンやコロッケ、いもフライ、焼きそばが売っていてて、コロッケパンはコロッケをソースが入っているかめに浸けて、ミットみたいなパンに挟むんだけど、これがうまかったなぁ、、、
焼きそばは頼んでから、おばさんが焼いてくれます。
もちろんジャガイモ入りで!



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